私は太平洋戦争を知らない世代だが、若い頃は戦争体験に触れる機会が多くあった。祭りでは白装束の傷痍軍人がハーモニカで軍歌を奏で募金を募り、夏になるとテレビでは前線の記録映像が繰り返し放送されていた。父からは東京大空襲、職場の先輩からは札幌空襲の話を聞き、大叔父は戦死していた。戦争は私にとって決して遠い出来事ではなかった。

今年で終戦から81年、戦争を知る世代は急速に少なくなっている。戦争を歴史として学んでも、実感を伴って受け止める機会は失われつつある。だからこそ、戦争体験を次世代へどう継承するかが重要な課題である。

しかし、現実には継承が十分に進んでいるとは言い難い。誰が担い手となり、何をどのように伝えるのかが曖昧なままである。学校では事実の説明に終始し、戦争を描いた漫画は残酷だとして図書館から撤去され、過去への反省を語れば自虐だと批判されることもある。これでは戦争の教訓は受け継がれない。戦争を単なる歴史上の出来事にしないためにも、その悲惨さと過ちを語り継ぎ、「今」を戦前にしない努力を続けることが必要だ。

このままでは太平洋戦争は単なる歴史上の出来事になってしまう。過ちと悲惨さを忘れず、今を戦前にしないためにも、体験の継承をしっかりと進めていきたい。

私は太平洋戦争を知らない世代だが、若い頃は戦争体験に触れる機会が多くあった。
祭りでは白装束の傷痍軍人がハーモニカーで軍歌を奏で募金を乞うていた。夏にはテレビで盛んに前線のフィルムが流されていた。父からは東京大空襲の話を、職場の先輩からは札幌空襲の話を聞いた。大叔父は戦死していた。世の中の大半の人たちは戦争を潜り抜けていた。

今年で終戦から81年が経ち。戦争を知っている世代は少なくなり、戦争体験をどのように継承するかが課題となっている。
今の若者は歴史としての戦争は知っていても戦争を身近に感じることはないだろう。再び戦争という誤りを起こさないように戦争体験の継承は大切だ。

しかし、現実にはスムーズな継承が行われているとは言い難い。
誰が主体となって継承を進めるのか、誰に継承者となってもらうのか、継承する内容
は何なのかが整理されていないからだ。私はそう思う。
学校教育では戦争の事実しか伝えず、戦時中を描いた漫画は残酷だからと図書館から
撤去され、過去の反省を口にすると自虐だと言われる。これでは、継承以前の問題だ。
このままでは太平洋戦争は歴史上のできごとでしかなくなってしまう。過ちや悲惨さは忘れてはならない。今を戦前にしないためにも、しっかりとした戦争体験の継承が必要だ。