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筆者は今迄、日本人は世界一時間に正確な国民だと思っていたがそうではなかったらしい。

「いやそんなことはない。きちんと時間を守る世界一時間に正確な国民だ。」と言われそうだが、日本人が守る時間は「始まりだけ」と外国人には思われている。 この話を聞いたときは、そうした見方があるのかと本当に驚いた。と同時に真実を如実に表していると思った。

終了時間はいつも守られないのか

外国人が言うことは、心当たりだらけである。会議が終了時刻を過ぎることなど日常茶飯事だし、第一、定時に会社を出ると怠け者のレッテルを張られることもある。誰も「時間に正確で偉いですね。」などとは言ってくれない。そのうえ、残業代は出ずに、定時に帰ったことになっている。

こんなんでどうして「時間を守る国民」と言えようか。

時間を守るなら確かに終了時間も守るべきだが、なぜ守られないのだろうか。もしかすると終了時間というのは日本人の時間の概念の中には入っていないのではないだろうか。

いや、違う。交通機関は出発時間だけではなく、到着時間も正確だ。宴会時間も正確だ。わざわざ「ラストオーダーです」などと注意をしに来るぐらいだ。家庭教師など人手がかかる商売もそうだし、第一、学校は終業ベルで一律終わっている。その後の教師のサービス残業は知らないが。

条件付きで終了時間を守らない国民性

とすると、日本人は「終了時間は、時と場合によっては守られるべきものではない。」と思っているとした方が正解だ。一律、終了時間を守らないのではなく、「会議と仕事と私事では守る必要がないとしている」ということだ。私事であれば、それは当事者間で勝手に決めれば良い。会議も仕事とすると守らないで良いのは「仕事のとき」のみとなる。

日本人は仕事上では時間を守らない国民なのだ。

仕事でも時間は守るべきだ

決めたことを守るべきなら仕事でも終了時間は守るべきである、仕事に関して「終了時間は守らないで良い」とすることはとてもいけないことだ。勤勉だから時間を守らなくて良いとはならないはずだ。

つまりは、日本人は、仕事の面ではとても時間にルーズであることに間違いないということだ。

でも、このことは日本人の働き方の根幹に関わってくる問題だ。時間にルーズかどうかという観点だけで語られるべきものではないのは分かっている。

言いたいのはそうした働き方の根幹がどうかということになる。

最近は、「働き方改革」が言われている。この改革により働き方の根幹が変わり、終業時刻が守られることを期待したいが果たしてどうなることやら。