あなたは、何歳だろうか。平均寿命を考えた場合、老後資金はいくら必要だろうか。貯金をして、そのお金を全部自分で使い切ってしまうことができるのだろうか。もしも余してしまったらどうなるのだろうか。爪に火を灯した結果が国庫に吸い上げられるのであればたまったものでない。
国庫に吸い上げられるのではなく、子供がいるので子供に残したとしても、子供は子供で生活している。あなたが血と汗の結晶で貯めたお金を子供の生活が余程大変でない限り残す必要性はどこまであるのか。
日本人は勤勉だ。そして将来に備えることを常とする。アリとキリギリスに例えるならアリであることに間違いない。
昔から、浪費は罪悪、貯金が善と教えられてきた。だから、少ない収入でも未来の自分のためにせっせと貯金をする。
しかし、自分が使わない貯金をすることは正しいことなのか。あの世にお金は持っていけない。三途の川の渡し賃はこの世のお金ではないのだ。
孤立死・孤独死が世間で騒がれているが、預金を多く残して死んで行ったという話は枚挙に暇がない。そんなことなら、孤立死・孤独死しないような方法にお金を使っておくべきではなかったのだろうか。貯金は何もしてくれない。
言いたいのは、自分が苦労したものは自分にフィードバックされうるべきだということだ。
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貯金をしても構わない人
自分が使える範囲で貯金をすることは必要だ。高価なものを一度に買うことができなければ計画的な貯金は必要だ。高齢者ではなくて、将来の生活のためにお金を貯めることも良いことだ。これらは自分が使えるからだ。また、有り余る収入があって使い切れない場合は当然貯金をしておかなくてはならない。
貯金をしてはいけない人
このように自分の欲しい物を買うための貯金なら構わないが、高齢者で生活を切り詰めなければやっていけない人は日々の生活のためにお金を使うべきであって、貯金をしてはいけない。そこまで生活に苦しくはない人であっても、節約を心掛けて欲しいものも買わず、食べたいものも食べずにいるのなら、貯金はしてはいけない。ともに本来貯金などする余裕などないはずだからだ。
爪に火を灯す貯金は罪悪だ。
貯金をする場合は計画的に貯金を
「お金はいつ何時必要となるかも知れない。万が一のために取っておく。」貯金をする人はこうした考えのもとせっせと貯金をする。
生活保護受給者が万一のときに備えて貯金をすると言ったことを先日書いた。万一のときには生活保護があって、既に、その万が一になったので生活保護を受けているはずである。既に来ている万が一のときに備える万が一とはいったい何なのだろうかと思った次第である。
日本は社会保障が充実している。万が一に至る前にも様々な保障がある。保険料減額、高額療養費等々で万が一を回避できる場合が多々ある。
そして、本当に万が一が来たとしたなら、生活を切り詰めて食うや食わずの生活をするのではなく、素直に生活保護を受けた方が良い。生活保護はとっても受けやすくなっているのだから。昔のような偏見もないし、第一、生活保護を受けているという情報はどこからも漏れないのだから。
本当に万が一がくるのか。万が一とはどのような時なのかを良く考えておかなければならないということだ。
自分が欲しいものを買うための貯金は良いことだ。ただ、目標がない貯金が悪いのだ。
不安神経症でお金を貯めてはいけない。
「いや、60歳以上の平均貯金額を知っているのか。2500万円以上ある。ここまでにはならなくとも、世間一般の生活をするためにはある程度は必要だ。」との声も聞こえる。それは正しい。ただ、その貯金は若いときに貯めていたものという事実を忘れてはならない。年金から貯めた訳ではないはずだ。若い時の貯金は良いが老後の貯金は良くないということを言っているのだ。
重ねて言う。年金で貯金をしてはいけない。
第一、貯金ばかりしていたら、経済が回らなくなる。世の中の景気を良くするためにも貯金はしない方が良い。せっせと自分のためにお金を使おう。