
雲大社への参拝を終えた帰路、かねてから訪れたいと思っていた世界遺産に登録された銀山として名高い石見銀山を見学してきた。石見銀山がある場所は島根県大田市で、出雲市からのアクセスも比較的良好だ。今回は公共交通機関を利用した石見銀山での観光体験をもとに、効率的な回り方をご紹介したい。
石見銀山へのアクセスと基本情報
石見銀山までは大田市駅からのバスを利用することになる。車以外の交通手段としてはバスしかないため、車を運転しない私にとってはバス以外の選択肢はなかった。出雲市駅からJR山陰本線に乗って大田市駅へ向かう。ちなみに大田市は「おおだし」と読む。私は最初「おおたし」だと思い込んでいたが、地元の方に訂正されて恥ずかしい思いをした。
石見銀山がどこにあるのか地図で確認すると、大田市の中心部から南東に位置している。かつて日本を代表する銀の産出地として栄えたこの地は、現在では静かな山間の観光地となっている。
訪問前に知っておきたい石見銀山の歴史
訪問前に石見銀山がどのような歴史を持つ場所なのか学んでおくことをお勧めしたい。16世紀から17世紀にかけて、石見銀山は世界の銀産出量の約3分の1を占めるほどの規模を誇っていた。この銀は海外貿易の重要な財源となり、日本の経済を支える柱の一つとなっていたのだ。
石見銀山 生活文化研究所の資料によれば、最盛期には20万人を超える人々がこの地で銀の採掘や精錬に携わっていたという。鉱山町として発展した大森の町には、商人や職人も多く住み、独自の文化が花開いた。
こうした石見銀山が歩んできた歴史的背景を知っておくと、現地での観光体験がより深いものになる。単なる古い坑道や町並みではなく、かつて世界経済を動かした場所として見ることができるのだ。事前に石見銀山の歴史について調べておけば、観光中の感動も倍増するだろう。
出発から到着まで:実際の移動ルート
9時46分に出雲市駅を出発した。車窓からは日本海の美しい景色が広がり、約40分ほどの心地よい列車旅だった。10時25分に大田市駅に到着し、駅前のバス停から10時32分発の石見銀山方面行きのバスに乗車した。ここまでは実に順調だった。
しかし、ここで問題が発生した。石見銀山を観光するためにどのバス停で降りるべきなのか、実は事前によく理解できていなかったのだ。バス路線図を見ると、それらしき候補は3つある。石見銀山代官所跡、大森、そして石見銀山世界遺産センターだ。
どのバス停で降りるべきか:石見銀山世界遺産センターの位置
ネットで石見銀山を効率的に観光する方法を調べたところ、銀山コース、大森コースなどいくつかのルートがあるようだが、それぞれ何がどう違うのかが今ひとつ理解できなかった。さらに困ったことに、バス停のどこで降りれば効率的に観光できるのかも判然としない。
ここで私は考えた。銀山という名前からして、山に向かって登っていくものだろう。だとすれば、一番遠いバス停で降りて、そこから徐々に下りながら歩けば体力的に楽なのではないか。この理論に基づけば、石見銀山世界遺産センターで降車して、そこから石見銀山代官所跡方向に向かって歩くのが正解ではないかと思われた。
そう決心しかけたその時、ふと車内を見渡すと、なんと石見銀山の観光マップが座席に置かれているではないか。早速手に取ってよく見てみると、石見銀山世界遺産センターは実はメインの観光エリアからやや離れた場所に位置しているようだった。
バス運賃も確認してみた。石見銀山代官所跡までは640円、大森までは680円、そして石見銀山世界遺産センターまでは760円となっている。運賃の差からも、石見銀山世界遺産センターはやや遠方にあることが窺える。
石見銀山世界遺産センターは展示施設として非常に充実しており、石見銀山について詳しく学ぶには最適な場所だ。しかし、実際の遺跡群を見て回るという観点からは、最初に立ち寄るべき場所ではないようだった。
石見銀山代官所跡での下車と静かな風景
結局、石見銀山世界遺産センターで降りるのは少し違うようだと判断し、多少ケチな考えもあって、石見銀山代官所跡で降車することにした。
バス停に降り立った瞬間、私は目の前の光景に驚愕した。そこには、人っ子一人いない、まさに「ド田舎」と形容するのがふさわしい風景が広がっていた。世界遺産として国際的にも知られているはずの場所が、こんなにも静かで人気がないとは。ぽつんと一人、37度の炎天下、路上に取り残されたような心細さを感じた。
乗車したバスには先客が2名いたのだが、彼らは途中の別のバス停で下車してしまい、石見銀山へは私一人が降り立ったのだ。土曜日の午前11時という、本来であれば観光客で賑わっていてもおかしくない時間帯に、バスから降りたのが私だけとは驚きだった。コロナ禍の影響とはいえ、これほどまでとは。
インターネットで事前に調べた際、一部に石見銀山は期待外れだったという感想も見かけていた。もしかしてこの人の少なさや静けさが、そうした評価につながっているのだろうかと一瞬不安がよぎった。
石見銀山代官所跡の見学
気を取り直して、まずは石見銀山代官所跡を見学することにした。代官所跡は江戸時代に銀山を管理していた役所の跡地で、石見銀山が持つ歴史を物語る重要な遺構だ。当時の建物の基礎部分や井戸跡などが残されており、説明板を読みながら往時の様子を想像した。
石見銀山 生活文化研究所が発行している資料によれば、この代官所では銀の管理だけでなく、鉱山労働者の統制や地域の行政も行われていたという。最盛期には数十名の役人がここで働いていたそうだ。幕府の直轄地として重要視されていた石見銀山の統治拠点として、この代官所は大きな役割を果たしていたのである。
見学を終えて、さて、この炎天下をこれからどうやって観光を続けようかと思案していると、目に飛び込んできたのはレンタサイクル店の看板だった。
レンタサイクルの挫折と予想外の幸運
石見銀山での観光において、自転車は非常に有効な移動手段だと聞いていた。坑道がある龍源寺間歩までは約3キロの道のりがあり、この暑さの中を歩くのはしんどい。30年ぶりに自転車に乗ってみようかと意を決してレンタサイクル店まで行ってみた。
ところが、店は休業中だった。えっ、土曜日だろ、観光地だろ、ここはと思わず心の中で叫んだが、休みなものは休みだ。せっかく遠方から来たのに、こういう不便さが一部で言われる否定的な評価につながっているのかもしれないと感じた。
しかし、そこで諦めるわけにはいかない。店の前をうろうろしていると、小さな電気自動車があり、運転手の方がいたので声をかけてみた。「今日はレンタサイクル店は休みですか?」と尋ねると、「そうなんですよ」との返答。そして続けて「これに乗っていきますか?」と提案してくれた。
目の玉が飛び出るような値段だったら困ると思い、恐る恐る料金を確認すると、なんと無料とのこと。すぐさま、乗車させていただいた。
石見銀山グリーンスローモビリティという救世主
この車両は「石見銀山グリーンスローモビリティ」といって、現在試行運転中で無料となっている。今年度中には1,000円程度の料金で有料運航する予定らしい。環境に配慮した電気自動車で、ゆっくりと走りながら石見銀山の景観を楽しむことができる優れものだ。
運転手の方は石見銀山について非常に詳しく、道中で様々な説明をしてくださった。石見銀山の歴史や見どころ、かつての鉱山町の様子など、運転手の方の解説を聞きながらの移動は実に有意義だった。これがあれば、一部で言われるような物足りなさを感じることは決してないだろう。
龍源寺間歩での感動体験
この車両で、散策路の最も奥にある石見銀山龍源寺間歩まで連れて行ってもらった。間歩とは銀を採掘するために掘られた坑道のことで、龍源寺間歩は一般公開されている坑道の中でも最大規模のものだ。
坑道の中に入ると、ひんやりとした空気が心地よく、外の暑さを忘れさせてくれた。壁面には当時のノミの跡がくっきりと残っており、手作業でこれほどの坑道を掘り進めた先人たちの労苦に思いを馳せた。石見銀山が世界遺産に登録された理由の一つは、この手掘りの坑道が良好な状態で保存されていることにある。
坑道内には当時の採掘の様子を再現した人形も展示されており、どのようにして銀が採掘されていたのかを視覚的に理解することができた。石見銀山の歴史を肌で感じられる、まさに観光のハイライトとも言える場所だった。
間歩の見学を終えて出口に出ると、再び石見銀山グリーンスローモビリティが待っていてくれた。乗車して帰路につく途中、大森の町並みで降ろしてもらうことにした。
大森の町並み散策
大森は江戸時代から続く鉱山町で、当時の面影を色濃く残す町並みが保存されている。武家屋敷や商家、寺社などが立ち並び、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような雰囲気だ。石見銀山での観光において、この大森の町並み散策は龍源寺間歩の見学と並ぶ重要な要素だ。
石見銀山 生活文化研究所が運営する施設も大森地区にあり、当時の生活文化について詳しく学ぶことができる。銀山で働く人々がどのような暮らしをしていたのか、どのような道具を使っていたのか、そうした日常の様子を知ることで、石見銀山という世界遺産がより身近に感じられる。
町並みを歩いていると、古民家を改装したカフェや雑貨店なども点在しており、休憩しながらゆっくりと散策を楽しむことができた。地元の食材を使った料理を提供する店もあり、観光の楽しみは坑道だけではないことを実感した。
11時45分頃に石見銀山代官所跡を出発し、13時前には代官所跡のバス停に帰着した。実質的な観光時間は1時間強だったが、グリーンスローモビリティのおかげで効率よく主要な見どころを回ることができた。
石見銀山観光の正しい回り方
今回の経験を踏まえて、石見銀山を効率的に観光する方法をまとめたい。
ネット上では銀山コース、大森コースなどと、それぞれのコースを別個に楽しめるかのように書かれているが、実際にはそうではない。要は、銀山コースでは間歩(銀山の穴)を、大森コースでは町並みを見ることができるということで、せっかく石見銀山を訪れたなら、その両方を見るべきだというのが私の結論だ。
銀山コースでは観光地の最奥部である龍源寺間歩まで行かなくてはならず、ここは石見銀山代官所跡のバス停から約3キロほどの距離がある。なので、できるだけ上り坂を歩きたくないのであれば、大森バス停で降りて2.3キロほどの道のりを歩くか、自転車、あるいはグリーンスローモビリティなどで移動するのが賢明だ。
そうして龍源寺間歩を見学した後は、大森まで戻ってそこから更に石見銀山代官所跡まで町並みを散策しながら歩いていくというのが正解だろう。この順路であれば、基本的に下り坂を歩くことになるため、体力的な負担も少ない。
石見銀山世界遺産センターの活用法
石見銀山世界遺産センターについても触れておきたい。今回の観光では時間の都合で立ち寄らなかったが、石見銀山について体系的に学びたい方には非常に有益な施設だ。
石見銀山世界遺産センターには、銀の採掘技術や精錬方法、当時の交易の様子などを詳しく解説する展示がある。また、石見銀山が世界遺産に登録された経緯や、その文化的価値についても学ぶことができる。石見銀山の歴史や文化についてより深く理解したい方は、観光の最初か最後に石見銀山世界遺産センターを訪れると良いだろう。
まとめ:石見銀山は本当に価値ある世界遺産
今回の石見銀山での観光を通じて、一部で言われるような否定的な評価は当たらないと確信した。確かに、派手な観光施設があるわけではなく、静かで素朴な雰囲気の場所ではある。しかし、それこそが石見銀山の本質的な魅力なのだ。
石見銀山が世界遺産として登録されているのは、かつて世界経済に大きな影響を与えた銀の産出地であるという歴史的重要性と、自然環境と調和した鉱山開発の在り方を示す文化的景観が評価されたからだ。大規模なテーマパークのような賑やかさはないが、歴史の重みと静謐な美しさに満ちた、真に価値ある観光地である。
石見銀山がある場所は決して便利とは言えないが、だからこそ当時の姿が色濃く残されている。公共交通機関でのアクセスには多少の不便さもあるが、それを補って余りある魅力がこの地にはある。ぜひ多くの方に、実際に足を運んで石見銀山の真の価値を体感していただきたい。