ようやく緒についた北方領土問題だが、安倍首相のイニシアティブで未来志向の解決を目指せ、そのためにはロシアの立場を理解することも必要

安倍晋三首相は1月21日、ロシアを訪問し、22日午後(日本時間同夜)にプーチン露大統領と通算25回目の会談に臨んだ。

会談後の共同記者会見では、「1956年の日ソ共同宣言に基づき平和条約締結交渉を行い、条約を締結する意欲を日ロ間で確認したと表明した。」と述べた。

今回の会談で果たして北方領土問題は進展するのだろうか。

改めて北方領土問題を考えてみた。

今までの北方領土に対する取組

北方領土がロシアに占領されてから長い年月が経つ。この間、様々な取組がなされたが、目に見える進展は見られなかった。

唯一進展しかかったのが、1956年の日ソ共同宣言である。この宣言で、ロシアは平和条約が締結された後に歯舞群島及び色丹島を日本に引き渡すことに同意した。

現在の交渉もこの宣言に基づき行われているが、ロシアはこの宣言では、歯舞・色丹がどのような条件で引き渡され,どの国の主権の下に置かれるかは決まっていないとの立場を崩していない。

「引き渡す」という言葉を文言通りに解釈すると主権も含めて返還するという意味にしか取れず、ロシアの主張は筋が通らないとは思うが、ロシアは、あくまでも譲歩した結果の宣言であって、もともとはロシアの領土であることには変わらないという立場だ。

これでは、この宣言を頼りにしても進展しないのもうなずける。

ところで、日本側の主張はどうであろうか。ざっくり言うと①北方領土は昔から日本の領土だった、②旧ソ連(以下「ソ連」)は第二次大戦末期に日ソ中立条約を一方的に破って参戦して、うやむやのうちに、北方四島を不法占拠して今に至る、のふたつに要約される。

①の昔から日本の領土だったことについては、日本は、ロシアに先んじて北方領土を発見・調査し、遅くとも19世紀初めには四島の実効的支配を確立している。第二次世界大戦で失われる前までは、ずっと日本領土であったと主張している。これはそのとおりだ。事実であるので、ロシアとの意見の隔たりはないだろう。

②についてはロシアは第二次世界大戦の結果、正しく北方領土はロシア領となったと主張している。ここでロシアと日本の見解が大きく異なることになる。論点はここにこそある。

詳しく見てみよう。

北方領土問題はなぜ発生したか

1941年4月、日ソ間で、日ソ中立条約が締結された。

その2ヵ月後、ドイツが突如ソ連に侵攻し、独ソ戦が勃発した。日本政府は、締結したばかりの日ソ中立条約があるにも拘わらず、御前会議において、独ソ戦が日本に有利に働いたときはソ連に侵攻することを決めた。

1941年7月には、ソ連侵攻の準備のために、日本軍は関東軍特種演習(関特演)を実施した。これは、実際には単なる軍事演習ではなく、関東軍による対ソ連開戦を見据えた軍備増強政策だった。

4月に日ソ中立条約を締結したばかりで、7月にはソ連侵攻の準備をする日ソ中立条約とは何だったかは、この日本の対応で自ずから明らかである。

口では仲良くしようと言っていて腹では別のことを考えていたのだ。

しかし、日本政府の思惑とは異なり、独ソ戦は膠着し、日本のソ連侵攻の機会は得られなかった。

日本の思惑がこうであったように、ソ連も全く同じことを考えていた。

1945年4月5日、ソ連は日本の敗戦が目に見えるようになると、日ソ中立条約の失効を日本側へ一方的に通告してきた。

日ソ中立条約は、規約により締約更新の1年前に通告しなければ、自動更新されることになっており、このソビエトの通告により、1946年4月25日に失効することになったと日本側は勝手に思い、能天気にも連合軍との和平をソ連に託すという愚策を行っている。余談だがこれで終戦が遅れたことは否めない。

流石に、ソ連は勝手に破棄することはできないと思ったのか、破棄するためにアメリカと他の連合国対して、ソ連に対日参戦を求める内容の文書を要求した。

これに対して、アメリカ大統領トルーマンは「ソ連の参戦は平和と安全を維持する目的で国際社会に代わって共同行動をとるために他の大国と協力するものであり、国連憲章103条に従えば憲章の義務が国際法と抵触する場合には憲章の義務が優先する」という見解を示した。

日本は、有効であるはずの日ソ中立条約を一方的に破棄されたというが、このように、トルーマンの書簡でオーソライズされていたのである。

尤も、口では仲良くしようと言っていた日本の腹は先述のとおりであるので、とやかくは言えないだろう。

日ソ中立条約の破棄の目的は対日宣戦布告である。負けそうな日本から漁夫の利を得ようという魂胆だ。

1945年8月8日、ソ連による対日宣戦布告、同10日、日本時間の午前11時15分、公式な宣戦布告の文書が日本側へ届けられた。8月18日、ソ連による千島列島への侵攻と占領が行われ現在に至っている。

1945年2月、ソ連のヤルタで米・英・ソ首脳が会談が行われ、ソ連が対日参戦する見返りとして、日本の降伏後、南樺太をソ連に返還し、千島列島をソ連に引き渡すべきとした密約が結ばれていた。ソ連はその密約に基づいて現在も北方領土を占有しているのである。

注意しなくてはならないのは、ソ連の宣戦布告は日本の敗戦の1週間前に行われているということである。宣戦布告なしに戦闘に加わったわけでもなければ、日本の敗戦後に参戦したわけでもない。

もしも、独ソ戦でソ連が負けそうになっていたなら、日本も一方的に日ソ中立条約を破棄してソ連に宣戦布告したであろうことは関東軍特種演習で見たとおりである。このときは、恐らく、日本はドイツに対して、日本に独ソ戦に参戦を求める内容の文書を要求したであろう。

ロシアの言い分によると、日ソ中立条約破棄は、そもそも日本も条約締結中に関東軍特種演習を行っていて実質的には破たんしていたのではないか。アメリカにもオーソライズされているので何ら問題ない。宣戦布告も戦時中に行われているのだから、北方領土がロシア領であるのは第二次世界大戦の結果であり当然と言っているのである。

もしも日本が逆の立場であれば同じようなことは言わないだろうか。戦争に勝っていて、樺太が日本領だとして、ロシアが返還を求めてきたら、はいそうですか、と言って返還に応じるのだろうか。

ロシアが北方領土返還を拒む理由

ロシアにとっては、北方領土を日本に返還すれば「事実上、ロシアの領土が減る」ことになる。ウクライナ南部クリミア併合などの問題も抱えており、プーチン大統領にしても領土問題での譲歩は政治的リスクとなる。

ロシアは北方領土を返還すると、在日米軍が島に展開する可能性もあり、強く警戒する。冷戦の相手国としては当然の反応だろう。

戦後74年間、北方領土はロシアに実効支配されている。北方四島に約1万8千人のロシア人が住む。彼らの殆どは北方領土で生まれている。元島民がふるさとを奪われたように、北方領土を返還するとなればロシア人からふるさとを奪うような結果にもなりかねない。

20日にモスクワで北方領土返還に反対する抗議集会が行われるなど、問題解決に向けた環境整備は見えない。

北方領土問題を解決するためにはどうすれば良いか

私の言いたいことは、日本の国益を考えた場合、北方領土をどのように解決して行けば良いかに尽きる。

そのためには相手の言っていることも客観的に評価しなければならない。相手の立場、自国の立場、双方の立場を理解してこそ、解決策も見えてくるのではないか。

別に大したことを言っているつもりはない。敵を知り己を知ることが解決の糸口ではないかと言っているに過ぎない。

今迄のように、4島返還論のみを主張することはとっても簡単だ。しかし、実行が挙がらないと分かり切っていることを繰り返し言い続けることが責任ある行動とは思えない。

耳障りの良いことだけを言うのは無責任だ。

このため、安倍首相は今までの4島返還論のみの主張ではなく、2島返還論+αに軸足を切ったことはとても評価できる。責任のある行動と考えることができる。

今回のロシア訪問で安倍首相は、北方領土での共同経済活動やロシアとの8項目の経済協力プランなども推進し、両国の関係強化を進める必要性も強調しながら、双方の受け入れ可能な合意点を粘り強く探っていくという姿勢で臨み、条約を締結する意欲を日ロ間で確認することができた。

一歩進展したことに間違いはないが、これは話し合いの入り口に立ったことに過ぎない。これからが本番だ。話し合いは引き続き困難を極めるだろう。今迄のように、のらりくらりとやられることも予想される。その理由は今見てきたとおりである。

私見では、北方領土に対しての経済協力という名のもとに、日本が足場を固めて、日本の協力なくしては北方領土の経済が立ちいかなくなるということを前提として、交渉を有利に進めて行くことはできないかと思っている。

返還だけではなく、北方領土から何らかの経済的利益を得ることも現実的には必要と思っている。そうした視点で交渉はできないものだろうか。