①実際に生活保護を受けた話、その一部始終【自分のこと】

これは私の知人が生活保護を受けたときの一部始終です。

詳細が分かるように若干のフィクションを加え、物語形式にしてみました。

先ずは、知人の経歴等です。48歳の彼は職を転々としていましたが、どうも最初に入った会社で完全に打ちのめされたようです。

生活保護を受ける前の今迄の人生

自分は飲野信三という。

飲野とは言うがお酒は飲まない。48歳独身。職場の宴会では良く「名前負け」と言われてからかわれた。

姓は仕方ないが親はなぜ「信三」と名付けたかは分からない。両親は既に亡くなっているので、今となっては聞く術はない。

若い頃は聞いてみようと思ったが、「私には三つの信ずることがある。それは~」などと言ってくれることはあの親からは期待できない。「面白半分で付けた」などと言われては、たまったものではないので聞くことはできやしなかった。当に小心者、蚤の心臓である。

高校を卒業してから、30年が経つ。

卒業後は某有名企業に就職した。有名企業なので試験はあったが、なぜか合格した。自分の学力で試験に通ったことは不思議だったが、運はそこで使い切った。どうせ使い切るなら宝くじで1億円を当ててから使い切って欲しかったが人生と言うのはこんなものだろう。

その会社で定年まで働くと思っていたが、どうしても我慢ができないことがあって1年で辞めた。退職理由は今で言うならパワハラだが30年近く前にはそんな言葉などなかった。

仕事のやり方を盗めとは何事だ

新採用職員であったにも拘わらず「仕事のやり方は周りから盗むものだ」と言って、先輩は何も仕事を教えようとはせず、そのくせ、仕事が進捗しないと容赦なく叱責した。

上司に言っても、「それが先輩に対する態度か」と逆に怒られた。今なら先輩職員、上司は親切丁寧に何でも教えてくれるのだろうが、当時はこうしたスパルタが流行っていた。

こうした仕打ちに我慢できずに辞めた。こらえ性がないと言われればそれまでだが、自分にとっては耐えがたく、これ以上いたら精神を病んでしまうと思ったからだ。

「仕事は周りから盗む」とはよく言ったものだ。職人気質と言ってしまえばそれまでだが、「自分も親切に教えてもらえなかったのでお前にも教えない」というものだ。体育会系の暴力の伝播と同じ構造だと思っている。

仕事の教え方ってそんなものかと今でも思う。仕事はきちんと引き継いで先輩から後輩につなげて行くのが効率的な事務ではないかと思うが当時はそんな雰囲気などはなかった。

その大企業を辞めてしまったから今のこの惨めな自分がいると思うと当時の仕事の教え方には恨みまがいのものが今でもふつふつと湧いてくる。

30年前の過去を引きずっていると言われればそれまでだが、あのとき辞めていなかったら今頃は管理職にでもなっていて妻子がおり、マイホームがあって・・・・と思うと何とも言い難いものがある。

その後、仕事を転々とした

当時はバブルに入る少し前で景気も上向きで再就職はすぐにできた。ただ、自分はどうしても一所にいることができなかった。

一度仕事を辞めると辞める癖が付いてしまうのだろうか。次に入った会社は当然、最初の会社より小さかったが、嫌になると、最初の会社を辞めるよりも簡単に辞める決心が付いた。辞めても失うものがないからだ。

そうこうしているうちにバブルも弾けた。当時30代でいくら若いとは言え、自分のような高校しか出ていない者を雇ってくれる会社は、不景気に入ってからは所謂ブラック企業しかなかった。

毎日深夜まで働かされ、高給を保障すると言っておきながら実態は歩合制で殆ど収入にならないときもあった。

どの会社も半年とは持たず、辞めた。今思うとブラック企業を辞めるのは仕方ないが新卒の会社から数えていくつかの会社はバブルということもあり、結構待遇が良かったことを思うと、仕事を辞めるという癖だけは付けてはダメと本当に今にして思う。

後悔先に立たずというが、本当に後悔だらけだ。

こうして辞めた会社では当然自己都合退職にしかならず、失業保険も3か月待たされる。収入がないなか、失業保険も出ないとなれば頼るのは、当時良く電柱に貼り紙がしてあった「やみ金」しかなかった。

借金は雪だるまのように膨らみ最後には自己破産した。

人生を振り返ると、結局、こうした繰り返しだった。もちろん、結婚などはしていない。したくてもこの体たらくではしようがない。

自己破産をしても当然働かなくては生活ができない。最近もいくつかの会社で働いた。

3か月前に最後に勤めていた会社は解雇された

これは自分としてもショックだった。解雇理由は、きっと別の人、もっと良い人が見つかったからと言うものだろうが、会社は当然そんなことは言わない。言ってしまうと会社都合の解雇となってしまうだろうから。

自分に来る仕事が減ってきたのだ。本来はその仕事は自分がやるはずなのだが、なぜか別の人がやっている。仕事をやらないで給料をもらえるのは良いことなのではないかと言われるかも知れないが決してそうではない。

自分が干されているということが如実に分かるのだ。

そんな会社にいても居心地が良いわけがない。だから辞めた。居心地だけで辞めたのかと言われるが白い眼だらけの周りの中で居ることなどはできやしない。

その白い眼の原因は何かと言われても良く分からない。ただ、どこの会社にいても感じていたものであることには間違いない。

ここに到っては本当に困った。こんな生活を長年続けていたから、仕事を辞めるとすぐに生活に行き詰まった。お金がないのだ。

解説

生活保護を受ける世帯は受給理由毎に、高齢世帯、母子世帯、障害世帯、傷病世帯となっていますが、こうした事情に該当しない場合は「その他世帯」となります。失業も立派な生活保護を受ける理由ですが、その場合は「その他世帯」に該当することになります。

ここで、生活保護を受ける理由と言いましたが、生活保護を受ける理由は何でも構いません。理由を問わずに困窮しているなら受けることができます。

こうした失業を理由とする受給割合は当然のことながら景気の動向に大きく左右されるため、近年は好景気を反映して低下傾向にあります。

さて、飲野さんは失業をしたのですが、通常、失業しても、手持ち金や失業手当で当面の生活を維持することになります。しかし、一部の人達にとっては手持ち金もなく、また、失業保険にも該当しないということもあるのです。

そうした場合、どうするかですが、場合によっては借金で当面の生活をするということもあります。そして、借金もできないとなると、本当に路頭に迷ってしまうこととなり、生活保護の出番となります。

仕事は、一所で頑張り、無駄な出費はせずに貯蓄に励むことが生活保護を回避するためには重要なことと思います。

ちなみに、飲野さんは、どこにいても白い眼を感じていたようで、若干病的な部分もみられるところです。以降、どうなるかと思います。

なお、借金は生活保護を受けるための要件にはなりません。(生活保護を受ける前に借金の努力をしなければならないということではないという意味)