エスカレーター

エスカレーターの片側を歩いてはいけないと最近良く言われている

私は今まで、エスカレーターの片側を空けておくのは日本人の良いマナーと思っていた。急ぐ人のために空けておくという相手を思い遣った心のこもった行為と思っていた。

道路でも右側車線は追い越し車線と決まっている。右側に遅い車がいたら迷惑極まりない。

エスカレーターもてっきりそうだし、そうあるべきだと思っていた。だから、私は急ぐときは片側を歩き、急がないときはもう一方の側にいた。

ところがである。いつの頃からか片側を空けておくことや、空いている片側で歩くことがダメとなった。

だから、私は歩いてはダメという新しいルールを気にしながら葛藤をかかえつつ、いつも歩いている。

エスカレータを歩いていけない理由は事故防止

ルールや規則はその時々の考え方、社会の認識で変わるのは止むを得ないが、今もって片側を空けておき、空いてる側を歩くことが本当にダメなのかと疑問に思っている。

まず、本当に誤りなら、なぜ、いつも必ず片側が開けられているのか。これは日本人のコンセンサスが「片側は空けておくべきもの」となっていることを表している。

コンセンサスがそうであっても、コンセンサスがいつも正しいとは限らない。

改めて、なぜ、片側を空けて、空いている側で歩くことがいけないかを考えてみたが、その理由はたったひとつ「事故防止」しかないことに間違いない。エスカレーターを歩くと事故につながるからという理由だ。

エスカレーターを歩くから事故になるわけではない

しかし、歩いたから事故が発生したということがない訳ではないと思うが、今までのエスカレーターで多い事故は子供がふざけていた、カートやベビーカーを使っていたというのが殆んどと聞く。普通に歩いていてよろけたという話はあまり聞かない。なのに、事故が多いという理由でその原因も究明しないなか一律に歩行禁止とすることはいかがなものか。

エスカレーターを歩くこと歩かないことの利益と損失

こういっては何だが、行為から得られる利益と損失を天秤にかけるということも必要だろう。エスカレーターを歩く利益は多くの急いでいる人達が時間に間に合うというもの。一方損失は、ごくたまに事故が起きるというもの。同質ではない事象ではあるが天秤にかけると、片側を空ける派は空ける方が利益になる、空けない派は空けない方が利益になると考えるものと思う。

車であれば簡単だ。交通事故がこれだけ多発しているのに車をなくそうという論理にはならない。それは、交通事故で何千人が死のうが車を使う方が利益になるという暗黙のコンセンサスがあるからだ。

エスカレーターに関しても、私はどう考えても、片側を空ける方が全体の利益になると思っている。事実、そう考える人が多いので、エスカレーターでは片側を空けるというコンセンサスになっていることに間違いない。

そのコンセンサスを無視して片側を空けてはいけないとするのは現実を見ていない。現実を見ていない以上、事故の対策はできない。事故は防げない。

エスカレーターで事故をなくすためには

今必要なのは、「片側を空けた状態のその片側では急ぐ人は歩いている」という前提のもとどうやって事故を防ぐかを考えるべきだ。

きちんと、歩くときの注意を周知するべきだ。特に、エスカレーターで遊ぶ傾向にある子供たち、カート等を利用する者たちに対して。

大人でも酔ってエスカレーターに乗る方が片側を歩くよりもよっぽど危険だ。

歩いていたのではなく、後ろ向きでニュアルに引っかかり大人が事故に巻き込まれたということもある。

今迄の暗黙のルールは片側を空けることに間違いない。ルールを守ろうとすればするほど片側が空けられる。その前提に立って事故を無くすことを考えないとならない。

歩くことだけを規制するのではなく、広くエスカレーターの危険性を周知し、対策を行うべきものだ。

エスカレーターは歩いてはいけないと声高々に言うことは、交通事故があるから車をなくすべきだと言う理屈にしか聞こえない。

しかし、歩く者には歩く責任があることを十分認識すべき

以上、エスカレーターの片側は歩行者のために空けておくことを主張したが、だからと言って好き勝手に空いてる側を歩いて良いとは思わない。

歩く者は、片側に乗っている者のエスカレーター利用を妨げてはいけないということだ。よろけないように十分注意をしなくてはならないし、微塵も片側の利用者に迷惑をかけてはいけない。

誰にも迷惑をかけないという前提ではじめて歩くことができるのだ。

もしも、そうした自信がないなら、歩いてはいけないのだ。